父とはじめて呑んだ日

「大事な話があるから二人で会えないか?」父から突然メールが届いた。

私の父は幼い頃から蒸発しており、小学5年生までほとんど会ったことがなかった。ある日、家に帰ると母が「知らない人がいるよ」と言った。それは父だった。

ふらふらと家を出てから戻ってこなかった父が、突然家に帰ってきた日だった。突然のことに戸惑った。母は常々、父のことを悪く言っていたが、どうして許して一緒に暮らすことになったのか。どんな顔して受け入れればいいのか分からなかった。

お父さんと呼ぶのが恥ずかしかったので、なんとなくオヤジと言うようになった。

 

戻ってきた父は、親戚中から借金をしており、どうやらお金が尽きたのもあって戻ってきたようだった。ただ、戻ってきた父は安い給料ながら真面目に働いてくれた。たまに釣りに連れていってくれて、決して怒ることもなかった。

借金を返しながらであったため、貧しいことには変わりない。

 

ある日一緒に電気屋に行くと、当時30万はするであろうパソコンを買ってくれた。もちろんローンを組んで。母は激怒したが、私は夢中でパソコンをいじった。貧乏でろくにゲームも買えなかったが、パソコンがあれば無料ゲームがやり放題だったのだ。

当時中学生だった私は、パソコン雑誌の一コマに同い年の子が自作ゲームを作っている記事を見つけた。自分でも作れると思い、お年玉を使ってプログラミング言語のソフトを買った。残念ながら電卓を作るのが限界で諦めたが、これが初めてプログラミングに出会うきっかけとなった。

 

そしてネットゲームに出会った。当時中学生だった私は、リアルで他人と喋ることができなかったため、ネットでチャットすることだけがコミュニケーション手段だった。テレホーダイという深夜帯だけ定額で使える電話回線を使って、寝ないでネットをする日々だった。

 

父は転々と仕事を変えてはいたが、真面目に働いているようだった。私は定時制高校の3年生に就職し、家を出てしまったので、それほど長い間一緒に住んでいたわけではなかった。

それから会うのは年末に家を帰るときくらいで、母の日、父の日にプレゼントを送るのが恒例となった。

 

ある日突然、父からメールが届いた。二人で会いたいなんて今まで言われたことはない。何か病気なのか、胸騒ぎが止まらなかった。新宿で父と待ち合わせると、近くの酒場に入った。そういえば、はじめて二人きりで呑む酒だ。少し照れくさいながらも嬉しい感じがした。

 

一体なにを話すのかどきどきしていた。

「すまん。お金を貸してくれないか。」父はそう言うと頭を下げた。

どうやら仕事で失敗をし、会社から損害賠償を請求されているとのことだった。これが本当のことなのか分からないが、疑うわけにもいかない。いくら必要なのかもお茶を濁して答えてくれなかった。

その頃、アプリの売上がそこそこあったため、もやもやしつつ100万渡すことにした。

以前から父にはたまにお金を貸していた。理由は、車検代がない、おばあちゃんの入院代がない、というようなもので、数十万渡すことがあった。母に言うと喧嘩になって離婚になるから言わないでくれというのが常套句だ。

はじめて父とのサシ飲みを終えると、当然のように私が会計を済ませて店を出る。

 

その後もお金がもっと必要と言われ、500万ほど渡すことになった。そこで私はお金を援助することはやめ、父は自己破産することになった。そして、父と母とも会うことも無くなった。もっとお金を渡すべきだったのだろうか。

父の名が、官報の自己破産者リスト載った日を忘れることはない。

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